動物保護活動は、猫の命を救う崇高な行為である一方、その現場は常に資金、人材、そして社会の矛盾した期待という三重のプレッシャーに直面しています。民間の保護活動の持続が極めて困難である背景には、「無償の愛」という名の非現実的な道徳観念というか、幻想があるのではと思っています。
活動の持続可能性に影響を与える「無償の愛」という期待
私たちは自身の生計のために報酬を得ますが、命を預かる保護活動の現場では、高度な知識と多大な労力を提供する人に対し、「収益を出すこと」や「金銭的な対価を得ること」を否定的に捉える風潮も見受けられます。このため、活動はボランティアの善意や、団体を運営する少数のコアメンバーの自己犠牲に依存してしまっている傾向があります。
聖人であることを期待される社会の矛盾
多くの人々は、自身は仕事で報酬を得ながらも、保護活動に従事する人に対しては自己犠牲と無給を厭わない「聖人」であることを無意識に期待している可能性があります。
「尊い活動=無償」の呪縛:動物の命を扱う活動であるからこそ、金銭を伴う事業活動はすべきではない、という非論理的な認識が存在します。
保護活動の「経営努力」に対する非現実的な見方
保護猫一匹を救うためには、医療費だけでなく、ボランティアの莫大な労力(時間や精神的負担)、そしてシェルターの運営コストなど多大な費用がかかります。これらのコストを賄うための健全な経営努力が、社会的な偏見によって阻まれることがあります。
経営努力の否定:恒常的な固定費を賄うための収益事業(グッズ販売、猫カフェなど)は、国等からの補助がない現状、寄付に頼らず持続可能な運営を目指す上で重要です。しかし、これが「動物を利用した金儲けではないか」という偏見で捉えられてしまうことがあります。
「現実的に、継続には収益が必要」という真実:収益がなければ、活動を継続することはできず、結果としてより多くの命を救う機会を失うことになります。収益を確保することと、命を救うことは、活動の継続という観点から両立せざるを得ないことなんですけどね。
資金繰りの不安定化を招く「寄付金依存」の構造的矛盾
社会にチャリティー精神が十分に浸透していない現状において、継続性のない不安定な寄付金や寄付物資に頼ることは非常に危険です。民間団体は日々の活動で手一杯で、収益事業に注力しきれない団体もあり、これは、資金繰りの安定化を困難にする構造的矛盾です。
寄付金と恒常的な運営費用の関係
保護団体が寄付金を活動を支えるための家賃や水道光熱費といった恒常的な「運営費用」に依存せざるを得ない状況は、活動を継続させることを難しくします。
資金繰りの不安定化:寄付金は、フード代や緊急医療費といった「命を救うための直接的な緊急支出」に使うことが理想的です。これを恒常的な固定費に充てることは、資金繰りを常に逼迫させる一因となります。
積極的な活動による資金確保の重要性:譲渡時に必要経費を受け取るだけでなく、チャリティーイベントの開催や収益事業の積極的な周知を通じて、受け身の寄付金に頼るのではなく、継続的な運営資金を積極的かつ健全に確保し、保護活動の社会的なサポートを訴えることが重要です。
資金調達の非効率性と公的優遇の欠如:多くの団体は、NPO法人などの非営利法人として活動しているため、集めた寄付金自体に課税されることはほとんどありません。しかし、寄付者が税制上の優遇(寄付金控除)を受けられる公的な認可(例:認定NPO法人)を得ていないため、寄付が集まりにくいという根本的な非効率性を抱えています。
注)多くの動物保護活動が公的な優遇措置を得ることが難しい背景には、日本の社会福祉事業の法的な枠組みがあります。第一種社会福祉事業は、生活保護施設や児童養護施設など、社会的に特に保護が必要な人間の生活を支える事業に限定されており、動物保護活動は事業の類型として該当しません。加えて、認可には社会福祉法人となるための厳格な資産基準が必要なため、動物保護団体がこの認可を取得することは、実質的にも法形式的にも極めて困難です。
民間団体がこの「不安定な寄付金への依存」と「社会の偏見」という二重の課題を抱えながら、公益性を保ち、活動を安定的に継続するのは、現在の社会システムにおいては大きな挑戦となっています。
構造的な限界を乗り越えるための道筋
あくまでも私、猫おばさんが考えるアイデアです。
「公的なインフラ」機能強化と役割分担
継続性を考えると他国にはあまりない、各自治体が運営する動物愛護センターをうまく活用する方法が最初のステップではないかと思います。初期医療の部分を動物愛護センターでなるべく解決し、人との生活に慣れるためのトレーニングや里親探しの部分を民間の団体が担当することで、民間団体は「資金繰り」の重圧から部分的に解放されるのではないのかなと思います。
譲渡費用やチャリティーイベント、グッズ販売や自立的事業で民間団体の運営の継続性があがり、またそういう役割分担を明確にすれば、民間団体に猫ちゃんを遺棄していくことが間違っているという認識が広がり、民間団体の飼育環境の崩壊も避けられるのではと思います。保護から里親探しまで全てを民間団体で担うことは、人的負担、経済的負担も大きく、安定して継続していける活動ではないのではというのが、私の考えです。そして、その保護猫ちゃんたちのお世話はやはり完全にボランティア活動というのは難しいというのが現実ではないかと思うのです。皆さん、自分の生活で手一杯ですしね。ですので、やはりお世話をする方の報酬がお支払いできる方向を考えたい。就労継続支援B型と組み合わせることで、運営を安定、継続させられるのではと思ってます。これについては、また別の機会に詳しくまとめたいと思います。
まとめ
保護活動の持続可能性は、社会全体の意識改革と事業としてどんなことを柱にするのかにかかっていると言えます。「無償の愛」という名の美談を求めるのではなく、動物の命を守る活動にはコストがかかり、そのコストを賄うための健全な事業が必要だという現実をもっと多くの人に知ってほしいと思います。


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