先日「【賛否両論】人気の猫種に潜む遺伝性疾患と飼い主の責任」という記事で、人為的な交配でできた猫種のお話をしましたが、今日はオランダでのお話を紹介します。
オランダは、世界でも特に動物の福祉を重視する国として知られています。特定の犬種が持つ健康問題を改善するため、その繁殖に厳しい基準を設けていることは、日本でもニュースで取り上げられたことがあります。しかし、この取り組みは犬だけに限ったものではありません。今回は、オランダの動物愛護の現状と、猫様を含む動物たちの「かわいらしさ」の追求がもたらす問題ついてお伝えします。
「かわいらしさ」の影にある動物の苦痛
前回の【賛否両論】の記事でも触れましたが、私たちが「かわいい」と感じる犬や猫の見た目、例えば短い鼻や垂れ下がった耳などは、人間が長い年月をかけて改良を重ねた結果生まれたものです。しかし、これらの特徴が、動物の健康を著しく損ねる場合が多いのを知っていますか。人為的な交配によって、特定の遺伝子や身体的特徴が極端に強調されてしまったためです。
呼吸困難: 短い鼻(短頭種)は、鼻腔が狭く、軟口蓋(口の奥にある柔らかい部分)が長いために、常に呼吸が苦しい状態にあります。これにより、熱中症になりやすかったり、睡眠時無呼吸症候群を引き起こしたりします。
深刻な病気: スコティッシュフォールドの「折れ耳」は、遺伝子疾患によって引き起こされます。この遺伝子は、耳だけでなく、軟骨組織全体に影響を及ぼし、生涯にわたる痛みを伴う関節炎や脊椎の問題を引き起こす可能性が非常に高いです。
目の病気: 極端な短頭種は、目が突出しているために傷つきやすく、角膜炎や潰瘍などの慢性的な目の病気を患うリスクが高まります。涙管が曲がっているために、涙が常に溢れる「流涙症」になることも珍しくありません。
これらの問題は、動物が一生涯にわたって苦痛を感じる原因となり、動物愛護の観点から深刻な課題とされてきました。
オランダの「動物福祉法」
オランダ政府は、こうした状況を改善するため、2014年に「動物福祉法(Animal Welfare Act)」を施行しました。この法律は、動物に苦痛を与える可能性のある外見的特徴を持つ個体の繁殖に一定の基準を設ける、画期的なものです。
この法律の対象は犬だけでなく、猫様も含まれており、外見的特徴から健康問題を抱えやすいとされる特定の猫種の繁殖に基準が設けられました。
犬: パグ、フレンチブルドッグ、ブルドッグなどの短頭種。
猫: スコティッシュフォールドの折れ耳や、ペルシャ猫、エキゾチックショートヘアなどの短頭種。
法的な基準が設けられたのは2014年からですが、当初は具体的な運用が難しいという課題がありました。そこで、2019年に、繁殖の可否を判断するためのより詳細な基準が設けられました。例えば、犬の鼻の長さが頭蓋骨の奥行きの3分の1に満たない場合、繁殖を制限するといった具体的な数値が盛り込まれ、法の強制力が強化されました。これは、見た目のかわいさよりも、動物の健康と幸福を最優先すべきだという、強いメッセージが込められています。
この法律に違反して、苦痛をもたらす可能性のある動物の繁殖を行った場合、明確な罰則が科せられます。違反の程度や状況によって異なりますが、罰金や禁固刑が科せられる場合があります。
罰金: 法律では「レベル4以下の罰金」と定められており、違反者には数千ユーロに及ぶ罰金が科せられることがあります。
禁固刑: 悪質なケースや、動物に深刻な苦痛を与えたと判断された場合、最大で3ヶ月以下の禁固刑が科せられることもあります。
繁殖免許の剥奪: プロのブリーダーが違反した場合、繁殖免許が取り消されることもあり、将来にわたって動物の繁殖を行う権利を剥奪される可能性があります。
ただし、この法律はあくまで「繁殖」を規制するものであり、すでに飼われている短頭種の犬や折れ耳の猫を飼育すること自体は禁止されていません。しかし、政府は国民に対し、こうした動物を新たに購入しないよう呼びかけており、ペットの飼い方や選び方に対する意識改革を促しています。
法律だけではない、社会全体の意識改革
オランダがこのような厳しい基準を設ける背景には、法律だけでなく、国民全体の高い動物愛護意識があります。
オランダでは、ペットを飼うことは命に対する大きな責任であるという考え方が浸透しています。そのため、飼育放棄は厳しく罰せられ、野良犬はほぼ存在しません。これは、政府主導の取り組みや、高い意識を持つボランティア団体の活動が功を奏した結果です。また、野良猫を減らすための「TNR(Trap-Neuter-Return)」活動も盛んに行われており、猫様の命を尊重しながら数をコントロールしています。
さらに、オランダではペットショップで犬や猫を購入する習慣は一般的ではなく、多くの人が保護施設や責任あるブリーダーからペットを迎え入れています。ブリーダーから譲り受ける場合でも、飼い主としての資質が厳しく審査され、無責任な飼育を防ぐための仕組みが整っています。このような社会全体で動物の福祉を守る姿勢が、オランダを動物愛護先進国へと押し上げています。
まとめ
オランダの犬や猫に対する繁殖への取り組みは、単なる「禁止」ではありません。それは、「動物はモノではなく、感情を持ち、苦痛を感じる生命である」という強い哲学に基づいています。人為的な交配が動物の苦痛につながることを深く認識し、その責任を社会全体で負うべきであるという考え方が根底にあるのです。見た目のかわいさだけでなく、その動物が健康で幸せに暮らせるかを第一に考えることが大切ではないでしょうか。
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